第56号 - 決めるでも、決められるでもなく、「決まっていった」こと、ある?
すべてが「決まっていったこと」と答えたいような気がするけれど、そう言い切ってしまっていいのかな?という気持ちがある
2025年7月30日(水)
今日はだいじょうぶ
布団に背中がへばりついて離れない朝と、そうでない朝がある。昨日はへばりついてた。今日は朝早めに目覚めて、仕事に行く妻を玄関まで見送ることができた。気をつけてね、と手を振ると、気をつけてね、と返ってくる。まだ自分が家を出るまでは時間があるけれど、心配の前借りと受け止めて、うん、と返す。戸を閉めて息を吐く。その言葉で今日はだいじょうぶな気がした。
あくまで借りぐらし
ひさしぶりに自宅で過ごしている昼過ぎ。レモンと塩で味付けした素麺を啜っている。暑い。住んで1年半が経とうとしているけれど、いまいち居心地がよくない家。そして、それを改善しようとする気もない。あくまで借りぐらし、と割り切っているせいか、仕事場を別につくってしまったからなのか。契約を待たずに引っ越すことになりそうなので、ひさしぶりに&Premiumなんか買ってみて、次はこんなふうにしたいなーとか妄想している。暑い。
氷砕いて月にする
昼間に炎天下を歩いていたら熱中症になり、氷枕を首にあてて倒れていたら夜になった。 夜は少しだけ涼しく、おだやかでうす暗い空に三日月が浮かんでいる。異常な暑さのせいで、生きることが本当にしんどい。私は夏が大好きだったのに、最近はこの気候のせいでうんざりした気持ちになってしまって、そのことがかなしい。氷をがりがり歯で削って、夜を睨みつける。
朝|真拓(諏訪から)
昼|大雅(秋田から)
夜|文月(松本から)
決めるでも、決められるでもなく、「決まっていった」こと、ある?
強制はないが自発的でもなく、自発的ではないが同意している、そうした事態を中動態と言うらしい。國分功一郎さんが書いた『中動態の世界』を久しぶりに手に取って近くに置いておいたら、白いカバーのたっぷりした余白に何かが浮かび上がっていることに気がついた。角度を変えてよくみたら、カバーと同じ白い字でほんとうにうっすらと、でもびっしり文字が刷られていて気づいて全身に鳥肌がたった。これまで見えていなかったもの、でも今は見えるようになったもの。
さて、どうだろう?決まっていったこと。そう問われると、過去を振り返った時に「すべてがそうだった」と答えたいような気がするけれど、そう言い切ってしまっていいのかな?という気持ちもある。まわりを見渡せば、気がついたらこうなっていたということに溢れている。でも、その中には自分の意思らしきものや、志向みたいなものはちゃんと折りたたまれていると感じる。
流れに身を任せる、ということなのかな?と思ったよ。がむしゃらに動こうとするのでもなく、かといって完全に受け身で対処するのでもなく、やってきた流れに対して「私ならどうする?どうやってやってみる?」と問いながら、風に乗ってみるみたいな。 向こうからやってきた風に乗ってみる。さらさらーっと、ひろがって、気がついたら知らない場所に落ち着いていた。そういうふうにして、いろいろなことが決まってきたと思うし、これからもそうなっていくのだと思ってる。
だけど、私は直感とか感性を信じすぎて、ほとんど先のことを考えられないという特性がある。直感に従ってこれでいいのだ!と進んできたけど、これでいいのか!?と最近は思うようになってきた。(そして、あまりよくないんじゃないか……と心で囁く声がする)
あなたは「これでいい」と思ってきたことが、瓦解したのはどんなとき?もしそこから学んだことがあれば教えて!
書いた人|文月
あとがき
川の水かさが減り、田んぼも畑もカラカラに乾いて、寝苦しい夜が続いている。声を大にして言いたい、「暑い!」。みんなもそうだよね?(笑)どっかに逃避したいなーとインスタを見ていたら、友達が南極大陸の週間天気予報をアップしていて、なんと「−49℃」。それは行き過ぎだけど、とにかく北か上に行くしかないかなあ。でも南極は南か。(大雅)



